若い表具屋さんから紹介を受けた手芸作家のSさんを尋ねた。

沈丁花とミツマタの花の香りが漂う庭を通って、玄関に導かれる。
表はリンゴの木が3本あり、裏山の数本の桜の木はデッキに降り
注ぐような枝ぶりで拡がっている。春爛漫の頃は見事な眺めだろう。

デッキ傍の作業場と家の日本間で、数十年の手芸の軌跡を拝見する。

戸塚刺繍を何十年かされたのち、独創的な和紙刺繍へ。紙縒りにし
た和紙を糸のように刺した絵に、添えられた和歌の墨のかな文字が
調和している。それから古布でのパッチワークと刺繍の数々。どれ
も大作揃いで素晴らしいの一言だった。

現在76歳のSさんは、50歳代に創作のためお母様とお祖母様のきも
のを惜しげもなく使ったそうで、材料にも恵まれていらしたのだ。
当時はまた骨董屋などでも良い生地が手に入ったらしい。

一番注目したのは昔の縮緬地だ。こんなにシボがふっくらと隆起し
た縮緬は滅多にお目にかかれない。「端切れを見ているだけでうっ
とりします」と言うと、Sさんは笑って頷かれた。

野原に藁葺の一軒家と桜の木が墨色で描かれた、裏葉色の生地は襦
袢地だろうか。そこにピンク色の小さな桜の花びらを一片、二片と
少なめにパッチワークで散らし、縁をお祖母様の帯の深緑色で引き
締めている。長閑な田舎の春を思わせてとても印象深い。

昔のきものの柄が見事に生かされ、絵画から受けるインパクトと同
じような感動がある。

Sさんは、趣味に没頭できたことは幸せとおっしゃった。近く集大
成の発表会を予定されていて、私は広報を担当するつもりでいる。

2016.0318