「鯉の赤ちゃんをあげようか」という電話を受ける。

業者の鯉を預かっているTさんからだ。持って行ってやろうとおっ
しゃったけれど、礼儀と好奇心で出向くことにする。

指示に従いクルマで15分。台地の麓でTさんは出迎えてくれた。
田と草むらが拡がっていて、放し飼いにしているのか犬が狂ったよ
うに突進してくる。

この犬の疾走といい、想像とは違った日本と思えない原始的農村風
景に、「ヴェトナムに来たみたい!」と感想を漏らした。

池の一つには体長60cmほどの鯉がいる。何匹か見当がつかないの
は泥水で濁っているからだ。もう一つの池は赤ちゃん以上の鯉が放
してあるらしいが、一羽の鵜が居座ったので「もう食べ尽くされた
かもしれない」とおっしゃった。

Tさんは道楽で米作りをされている。山の湧き水が池へ、池から田
に流れている。卵から孵った鯉の赤ちゃんが、網目を抜けて田に流
れ出たのを網で掬って溜まりに入れてくださった。

メダカと区別がつかないが、金色に光っているのは期待できる。

10匹ほどバケツに入れて帰りかけるとTさんは引き止めて、山裾に
植えた何種類もの果樹のこと、山に小道を作る大変さ、田の草取り
のことなどを聞かせるのだった。つまりTさんの道楽は、毎日が肉
体労働の連続でけっこう体力を消耗するらしい。


あんな濁った池でも鵜は獲物を見つける。カワセミが来るかもしれ
ない。Tさんも私も、大きくなるまで生き延びるのか半信半疑だが、
かまーとの森の池に鯉の赤ちゃんを放す。

2016.0708