あれきりだったインドの会社。私は縁が無いものと諦めていた。
「僕の出したメールが届かないのか、ケイコから返事が無い」と
英語で男性から電話が入ったのが1月末。今度こそギフトショーで。

初日、彼がブースに来た時、私は2階でカレーを食べかけたところ
だった。30分後に戻ると伝えたのに3時間過ぎても来ない。周防正
行の本のタイトルどおり『インド待ち』状態だ。またすれ違い?

やっと現れた彼は、細身で小柄な露天商といった感じの中年だった。

『槇尾・栂尾』などに興味がある様子。誰かが名刺を見て「Your
store?」と聞くと「My company!」と胸を張った。失礼。彼は4月
に信楽へ行くと言い、私に黄色の包みのプレゼントをくれて去った。

ホテルに戻り、ナレンダラさんの贈り物の”小鳥”を飾る。

日中の気温は20℃近かったこの夜、友だちと神楽坂へ。メニュには
早くも”の炊き合わせ”があり、や路地にも春の気配を感じる。


伊賀焼の長谷製陶社長夫妻がみえた。恵比寿のショールームが有名
なので東京にお住まいかと思っていたが、遊びにいらっしゃいとお
誘いくださったのは丸柱。三重県と言えど車で20分で行ける場所だ。

知り合いのコーディネーターとブランプティの社長を引き合わせる。
名刺交換して30秒後、二人は来月バリに行く約束をした。この速さ!

今回、数ヶ月かけてナレンダラさんと会った理由は何だったっけ?

某社長と数人で新橋で夕食。コロラドに8年、ロッキー山脈をジー
プで駆けていた女性は、社長の「足を楽に」の言葉にあぐらをかい
た。帰国子女の血液の半分は、ムコウの血だと思うのはこんな時だ。

イキイキした人たちと出会い交歓できた事を、とても幸せに感じる。

2006.0218