三重県に通じる山深い道を通り、関宿の夜祭りを見に行った。

車を停めて、明るんだ空を目指して民家の間の細い路地を歩く。
だんだん囃子の声が大きくなってくるので、小走りになった。

T字路に突き当たると、丁度、山車が来るところだった。目の前に
赤い提灯をたくさん付けた山車がそびえ立つ。山車の上には揃いの
浴衣を着た男が、団扇を挙げて掛け声をかけていた。

宿場町の風情を残した平屋の町並みと浴衣姿の人波は、タイムスリ
ップしたかのようだ。今は4台しか残っていない山車は、江戸時代
には16台あり、狭い宿内で人が身動き取れないほどであったことか
ら、限度いっぱいを指す"関の山車(ヤマ)"の語源となったそうだ。


翌々日は、甲賀の祇園祭と呼ばれる地元神社の宵宮

太鼓の音を聞くと胸がキュッとなる嬉しさは、いつまで続いたっけ。
長男は仕事で帰って来ない。大学生の末っ子が「来年は火曜日だか
ら、僕も帰れないだろう」と言うのを、早くも寂しい思いで聞いた。

参道の家々に伝わる『藤寿司』を、今年もいただく。鱒と干し椎茸
と湯葉を押し寿司にして、藤の葉で包んだものだ。意外にも緑色を
保つのは年季の入った葉で、若い葉は黒く変色するらしい。


一年に一度だが、何百年も繰り返されているお祭り。

毎年同じ数時間が展開されているように見えるけれど、太鼓を持つ
踊り子が側に寄り添う大人になり、それらを見守る老人になってい
るのだと、神輿殿の階段に座って思う。

踊り子達が帰って行く、遠ざかる太鼓の音を淋しい思いで聴いた私
は、疾うにいない。

2012.0730