「何、これ!」と、思わず手に取った黒楽の茶碗。上から見ると楕
円形だ。「ここまで歪めなくても良いのに」と、笑みがこぼれる。

高台はキリッとした仕上げだから、熟練の手と思う。けれど、お茶
の稽古に出したら皆に嗤われるかな。棚に返しながら作家の名前を
問うと、「名前を聞かなければ安くしとくよ」と店の主は言った。


たまに訪れる、この店の抹茶碗コーナーを見るのが好きだ。値の張
る天目茶碗から安価なものまで、ごった返して置かれている。何故
か値札の無いのもあるから、骨董屋にいる気持ちにもなる。


釉薬が乾燥して縮れたような遊びのある、小ぶりの黒楽。「あ、こ
れは伊賀焼のKさんかな?」と言うと、頷く主。どうしてだか、私
はこの作家の作ったものにセンサーが反応するようだ。

十年近く前、この店先の雨晒しに置かれたカゴに、茶碗が溢れてい
た。これらは、店の主を慕って持って来た若手作家たちの、いや、
作家というには程遠い、「ただただ好きで作りました」といった風
情の荒削りの作品の数々だった。

その中で手にした黒楽を、主は「それはヤルよ」と言った。大きな
礫を取らずに焼成したため、水が漏れるらしい。それも浸みるでな
く、ダーダーと豪快な水漏れがするため、庭先に転がされたのだ。

それがKさん作だった。二年前に京都の個展で購ったKさんの黒楽
茶碗は、端正な仕上がりで、景色があり趣のある表情をしていた。


さて、再びこの黒楽を手に取る。誰の作か分からないが、買うこと
にする。思いがけない安い価格を口にして、主はニヤリと笑った。

”お前くらいだな、これを買うのは”と眼が言っている。

2013.0510