大阪の街中で、戦前に建てられた中庭と茶室のある長屋には、水屋
の傍に竹細工の施された小さな窓があった。窓のすぐ外は駐車場で、
その向こうには商店街のアーケードが見えた。

ここで月釜を催されるので、私たち社中がお茶を点てる。

鉄風炉、中置、藁灰という、10月ならではの名残の茶事だ。藁灰は、
Tさんが去年と今年、稲刈りが終わると藁を先生宅に持ち込み、先
生が焙烙(ほうろく)で焼いて二年越しで作られた。そして前日に
は、半日をかけて藁灰を並べられた。

最初のお客様12名を迎えたのは、朝の8時半だった。

自分の点前が終わるまでは緊張してドキドキすると皆は言うけれど、
私は何ともない。これしきのことでは動揺しなくなったのかと思う。

点前の番以外は、お客様を案内したり、菓子や茶を運んだり茶碗を
引いたりする。また、水屋見舞いで小腹を満たしたりする。

昼過ぎ、忙しさとぐんぐん上がった気温で暑くなる。水屋前の窓で
風に当たっていると、近くで祭りがあるらしくお囃しが聴こえた。


お客様の中に「今は大抵、数茶碗と言って四客目からは同じ茶碗を
出されますが、先生は、客全員に違う茶碗をご用意してくださった。
これが利休の本来の教えですよ」と賞賛される方がいた。

そのせいだけではないと思うが、後片付けは、茶室いっぱいにお道
具とそれを仕舞う木箱が所狭しと置かれ、先生と手伝いの道具屋さ
ん二名と社中の数名が取りかかっても、随分と時間が必要だった。

世の高齢化に倣い、先生方も減りつつあるそうだ。それに、こんな
大変な準備と後始末をするのだ。お茶事も、年々少なくなると思う。

2013.1018