梅は、ふとした折りに漂う香りに足を止める程度の目立たぬ花だ。

けれど桜よりも好き。特に花裏の姿は、花びらのふくらみを愛らし
く感じる。次に好きなのは、小さくて数多い蕾・蕾・蕾。


92才の伯母が亡くなった。”ゆき”という名前どおりの色白で、い
つも穏やかな優しい人だった。

青鈍色の地味な色無地に喪の帯を締め、黒の羽織を着てお通夜に伺
った。干支一回り以上年上の従姉妹たちが私を見て「自分で着たの
?偉いねぇ」と口々に褒めてくれる。

聞けば、明日の葬儀には三姉妹とも着付ける人に来てもらい仕度す
るという。一人づつの順番だから時間がかかるわねと算段している。

ゆきさんは城下町の呉服屋から嫁いで来た。その娘の誰ひとりとし
て、きものに興味を持たなかったというの!?


「嫁さんは母親を見て貰えっていうけど、ありゃウソだぜ。娘は皆
似ても似つかぬ」と長女のつれあいが言ったにも関わらず、三人と
も全く聞こえぬ風を装ったのは見事で、クスリと笑ってしまった。

祖父母の亡くなったあとでも、私が父の実家に立ち寄るのを、父の
兄嫁であるゆきさんは「とても喜んでいたのよ」とひとりが言った。
 
裏庭によく護ってくださるというお地蔵さまがあるので、願い事に
来ただけなのに。縁あった人との想い出に、胸があたたかくなった。


未明まで降った雨がすっかり上がった翌朝、庭で鶯の鳴く声がした。
「聞こえた?」と外で母が問う。台所まで届いた初音だ。
  
ゆきさんに似合いのお別れの朝だと思った。

2008.0308