ジャズを聴きに行く。碧水ホールのロビーで、主人は友だちのUさ
んと待ち合わせしていたので、私はひとりで先に会場に入った。
ところが、どこか分からない。「〈 」は記号のカッコなのかしら。
三人並びの席なので、ロビーに戻り、彼らのあとについて入場した。
あいうえお順の、く列だった。開演ギリギリに駆け込んできた女性
が案内嬢に従い、私の左横に座られた。長い黒髪にブリムの広いハ
ットを被り、たっぷりした白いシャツに、黒と白の縞の細身のパン
ツ。その萬田久子似は、座るなり「カギカッコだと思わない?」と
券を示して話しかけてきた。まさに私もそう思いました。
濃いアイシャドウと黒い瞳に白いマスク。71歳なのと彼女は言った。
それから曲の合間と休憩時間にいろいろ話した。彼女は「最初に思
い込んだことに、いつまでもこだわらないことね」と言った。
「例えば、緑の葉を欲しているのに茶色の葉ならば、そこに緑の時
を想像すればいいのよ」と。「臨機応変に対応ですね」と答えた。
けれど、「私はすでにそう考えるようにしているわ」と反発心が芽
生えた。この人に素性を明かすのはやめよう。
ところが「貴女、17年前の5月6日から・(聞こえず)・来年の秋に
は大丈夫だから心配しなくていいわよ」と言ったのだ。霊能師か?
次の曲の間中、17年前を思い起こす私。アンコールも終わり照明が
つく。右横から主人が、彼女に「この店をしてるんです」と、パン
フレットを差し出した。あぁ、名乗ったも同然ではないか。
最寄り駅まで車で送って差し上げる。深々とお辞儀してから「私の
こと、みっちゃんと呼んで。秋に信楽へ行くわ!」とおっしゃった。
2025.0808